MPHについて・序2

英国大学院へ入学を検討する際、コースの選択や学費、英語力テストに加えて準備しなくてはならないのが、推薦状(reference letter)です。

一般的にはアカデミックなバックグラウンドを持つ人物二名から推薦状をもらい提出する必要があります(コースによってはビジネス関係でも許される)。

私の場合、大学院博士課程の指導教官とMBAのsupervisorにお願いしました。

大学院の募集要項にも”推薦状は入学選考において極めて重要である”と明記されています。

大学院側はどこの馬の骨とも分からない輩を入れるより、バックグラウンドがしっかりしていて、後々大学院の名声を高めてくれる可能性が高い人物を入れたいわけです。

忙しい中推薦状を書いてくださったお二人には感謝しかありません。こうしたつながりは大切に大切にしていきたいと思います。

ふと日本の大学院ではどうなんだろうと思い、”日本””大学院””推薦状”でネット検索してみたところ、トップに表示されたのがこのサイトです。

著名な経済学者である林文夫先生の推薦状(経済学PhD?)に関する投稿のようですが、要は、「私は甘っちょろい推薦状は書かないし、嘘は絶対書かない。推薦した学生がカスだったら私の沽券に関わるので簡単に推薦状を書いてもらえると思うな(カスども)!」という内容でした。

衝撃的だったのは、『米欧,とくにアメリカの大学院では,クラス(同じ学年の大学院生の集合)で上位2分の1あるいは3分の1に入らない学生は,徹底的に差別されます。』というくだり。

林先生が関わる超一流の大学院ともなればそうなるのでしょうか…。

アカデミックで生きていくためにはそのような覚悟が必要なのかもしれません。

一番じゃなきゃ、意味がない。

英国大学院のオンラインコースで差別されることはありません。

教える側も学ぶ側も超一流の大学院とはスタンスが違うことがひとつの原因かもしれませんが、リアルで対面することが(通常は)ないことが大きいように思います。

差別には集団を維持するための進化的な意味合いがあるのではないだろうかと思っていましたが、最近こんな本が出ていたようです。非差別が社会的正義だと知っていても、生き物としての自己保存と自己利益の最大化戦略が差別を生んでしまう。

少し話がそれましたが、推薦状を書いてもらうにしても人のつながりが大切なわけです。

大学院出願の際に改めて思いました。

MPHについて・序

MBAについて一息ついたところで、現在履修中のMPHについても言及していきたいと思います。

もともと人類学を志したこともあり、社会学系の学問にはずっと興味を抱いていました。

社会医学や公衆衛生学は医師国家試験の必修科目のひとつですが、医学の中では決して花形の分野ではありません。どちらかというと日陰の分野です。

ただ、日本においても各疾患データベースの構築とビッグデータ分析が政府主導で行われるようになり、この分野は大きな注目を集めています。

さらに、COVID-19パンデミックもあり、公衆衛生学はさらに注目を集めることとなりました。

とはいえ、MPHはPublic Healthとは一体何なのか?を学ぶコースであり、データ分析の手法のみを学ぶわけではありません。データ分析については大学院博士課程および過去の臨床研究において、ある程度学んできたので特に新しい学びがあるわけではありません(Applied Epidemilogyなど統計解析を深く学ぶ講座もありますが、私は受講しない予定です)。

私がPublic Healthを学ぼうと思ったきっかけは、パンデミック対策に関して”モヤっ”としたからです。

例えば、ロックダウン、ソーシャルディスダンス、ワクチン接種キャンペーン、マスク常用、アルコール消毒など、パンデミックを抑えるのに有効とされた種々の対策がありますが、果たしてリアルワールドにおいてどれくらい有効であるのか(であったのか)疑問を禁じ得ませんでした。

質の高い無作為化比較試験のエビデンスも出てるし、有効性は立証されてるやろ!

と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そもそも、臨床試験の結果は”整えられた”状況におけるものであり、しばしばリアルワールドの結果と乖離します。この辺は自分で臨床研究計画を立て、研究を走らせた経験がある人には分かると思います。

COVID-19パンデミック対策に関する論文を検索するとそれはもう賛否両論の嵐で研究者の見解は全く一致していません。

製薬会社や関連する企業から資金援助がないか、研究者のバックグラウンドはどうか、など利益相反の問題も大きく、エビデンスは発表された結果通りに鵜呑みにするのは危険です。

それから、研究の再現性でもお話したように、もう一度同じ臨床試験を行っても同じ結果が出るとも限りません。

私は患者さんを診る実地医家ですが、パンデミック対策を主導するのは政府や感染症・公衆衛生学の専門家たちでした。

彼らは他人(主に先行する欧米の研究者たち)が報告した「エビデンス」を論拠に(もちろん我が国におけるエビデンスもありますが)、パンデミック対策を練ってきたわけですが、全体的な視野に欠けていた点は否めないと思います。

また、政府広報やマスメディアを利用したtop-downの情報提供ばかりで、個人やコミュニティーのbottom-upがほとんどなかったように思います。少なくとも私はそう感じました。

パンデミック対策には人々の生活・教育・経済を制限するかなり強いものが含まれますから、必ず人々の同意を得る必要がありますが、説明は不十分でした。

正しい情報を分かりやすく伝えることができる魅力的な人もいませんでした。

健康は、身体的・精神的・社会的(さらにはスピリチュアルもという考えもある)に健やかな状態と定義されます。単に、病気でない状態、ではないのです。

医学の専門家の多くはいかに病気でない状態にするかに囚われていたように思います。致死率の高い感染症であれば仕方のないことですし、対応は難しいと考えますが、リスク-ベネフィットのバランスのとれた我が国らしい道を示してほしかったです。

自分にそれができるか分かりませんが、公衆衛生について学びを深め、人々を幸せにする医療とは何かを知りたくて、University of Manchester Master of Public Health programmeに入学することにしました。

観の目

観の目“という言葉をご存知でしょうか?

宮本武蔵の「五輪書」に出てくる言葉で、武道・武術を学ぶ者にとって極めて重要な言葉です。

人と対した時、一点を見ない、全体を見る。

相手の目、手、足、一部の動きに意識を囚われないようにする。相手の体全体を見て全体の一部として動きを捉える。

大雑把に言うならば、“ぼんやりと見て、的確に変化をつかむ”。

道場生にも日々指導していますが、相手を同じ次元(線・面・高さ)で見るのではなく、相手を頭上から見渡すように見るように意識する。※上から目線、ではありません!

間違っているかもしれませんが、これが私の解釈です。

宮本武蔵は武人ですから、武道・武術の範疇での解釈になりますが、実はこの言葉、社会生活における対人関係に応用が効きます。

仕事においても家庭においても、人を一点・一面の特徴から見てしまうと、その人の本質を見誤ります。

きっと、気に入らない点や面は鼻につき目立ち、自分の心が囚われてしまいがちなのですが、一旦離れて見てみると、それがその人のほんの一部でしかないことに気づくことがしばしばあるのではないでしょうか。

“観の目”は、瞬間的には人を全体で見て、経時的にはその変化に注意することの大切さを表しているのだと考えます。

刹那に囚われないこと。

自分も相手も、人間は変わりゆく存在です。

“観の目”をもつことができれば、敵対関係で負けることはないでしょうし、対人関係も円滑になるはずです。

MBAについて・Q2

前回、MBAのDissertationを学術誌に投稿しようということになった話をしました。

Supervisorの指導教官に論文を修正してもらい、美しいBritish Englishの論文が完成しました。

私のわがままを聞いてもらい、最初はSocial Science & Medicineという社会医学系の学術誌に投稿しましたが、あえなくReject。

その後、ElsevierのTransferシステム(かなりテキトー。キーワードだけで投稿先を選択している感じでpoorです!)により老年医学系の雑誌に投稿されましたが、Editorial decisionにてReject!

この経緯を共著者に説明したところ、「お前の論文はMBAの論文でビジネス関係なんだから、ビジネスの学術誌に投稿せいや。」とsupervisorのTaTa先生にご意見いただきました。

TaTa先生の投稿指定先はJournal of Business Research!

私は医学関係の学術誌以外は門外漢ですが、この学術誌、インパクトファクター10以上の超一流学術誌ではないですか。

TaTa先生はその後もメールで、「お前の論文はマーケティングにも関連するのだから、Journal of Marketing (IF: 17.741)とかJournal of Consumer Research (IF: 8.612)もいけるやろ。」とかなり強気のご提案。

先日、Journal of Business Researchに投稿したのですが、これからRejectに次ぐRejectを受けるのだろうなあとちょっと暗澹たる気分になりました。

しかし、専門ではないですが失うものもありません。

果敢にチャレンジしようと思います。

無事どこかにacceptされたらまたご報告いたします。

私にとって最も糧となったMBAの学びは、Dissertationを書きながらHealthcare managementについての文献に触れ、この分野をさらに学びたいと感じたことです。

経営戦略論・ファイナンス・サプライチェーン・リスクマネジメントなどいろいろな分野についてさらっと学びましたが、起業しようとか会社を大きくして利益を上げようとかは思いませんでした。

それぞれ組織を運営する上で必須の知識であり、自分の関与する組織運営に活かすつもりですが、私に響いたのはそうした個人的な視点ではありませんでした。

少し大げさですが、人間社会全体のマネジメントとして自分にできることは何かを考えるきっかけになりました。この辺はMPHでの学びにつながっていきます。

高校・大学のときに志した人類学の視点に、二十数年の時を経て戻ってきたような気がします。

広い視野をもち、自分の専門的な視座から社会をどのように見るか。そして、見えたものをどう捉えどう関わっていくのか……。

十年後にまた振り返りたいと思います。

研究の再現性

少し古い話ですが、Natureの調査によると50%以上の研究者が研究結果の再現性に危機感を抱いているということが分かりました。

インパクトの大きい研究結果は注目されやすいですが、目新しい研究の再現性は決して高くなく(概ね50%未満)、必ずしも普遍的な「真実」とは言えないようです。

人間が行う研究には様々なバイアスが入ってしまいます。

世に出て注目される研究は、ほとんどすべてが”ポジティブな”研究結果です。研究計画で定めたアウトカムに有意な結果が出なかった場合、多くの研究は論文として出版されることはありません(出版バイアス)。

本当は”ネガティブな”結果が真であるにもかかわらず、バイアスのかかった”ポジティブな”結果ばかりがエビデンスとして発表されてしまう、こともあるわけです。

上の図は有名なエビデンスレベルピラミッドですが(出典:日本先進医療臨床研究会のページhttps://jscsf.org/therapeutic-material)、一番エビデンスレベルが高いとされるシステマティックレビュー・メタアナリシスであっても、バイアスとは無縁ではありません。

最近ではこのエビデンスレベルピラミッドは古い概念となりつつありますが、バイアスの少ない研究が信頼性が高いということは間違いありません。

どうしたらバイアスがなく再現性の高い研究を行えるのでしょうか。

研究の質を高めるガイドラインはいくつかあり、論文を発表する際にそれに準拠していることが求められる学術誌もありますが、あくまでも自己申告であり客観的評価が難しい。

人間が行った実験・研究を人間が評価すること自体に限界があるのかもしれません。

Frontiersという出版社(一時期Beall’s Listに載りハゲタカ雑誌と揶揄されましたが、少なくとも現在はそれなりにきちんとした学術誌になっています)は投稿された論文の初期評価をAIが行っているようです。

剽窃・盗用がないか、英語は正しく使われているか、重複出版ではないか、倫理的に問題のある研究ではないか、など自動的に判定されますが、今後はこのようなAIによる研究の質の評価を積極的に行う必要があるでしょう。

一定の基準を満たさない研究は査読に回らないようにすれば、論文の質もある程度向上すると思います。

研究の再現性についてもAIが判定してくれたら良いのですが、そのためには人間が再現実験を複数回行い、そのデータをAIが学ぶ必要があります。

研究の再現性の問題はまだまだ研究者たちを悩ませることになりそうです。

MBAについて・Q

講義科目をすべて修了すると、1年かけてDissertationを書きます。

University of Derby MBA Globalの流れは次の通りでした。

  1. 研究計画を立て、研究計画書を大学・倫理委員会に提出する。
  2. データを集め解析する。
  3. 並行して文献を集め、literature reviewを行う。
  4. Dissertationを書く。
  5. 原稿をsupervisorに見てもらう。
  6. コメントに従って修正し再度見てもらう。
  7. OKが出たら提出する。

臨床研究と大まかな流れは一緒だったのでそれほど大変ではありませんでしたが、Dissertationの書き方についてはとても勉強になりました。

医学論文は、Introduction (Background) → Methods → Results → Discussion (Conclusions) という流れで書くことが一般的です。

MBAのDissertationでは、IntroductionとMethodsの間に、Literature reviewという1篇の総説論文に相当する分量の先行研究に対する批判的吟味が入ります。

医学論文ではIntroductionに含めることが多く、今まで”うわべをなでるような”先行研究の紹介をしていましたが、同じように書いてsupervisorに見てもらったところ、「これは批判的吟味ではなく、ただの過去の研究結果の記載である!」と思い切りダメ出しされました。

MBAの研究目的とどのように関連し、先行研究からどんなconceptual frameworkを考えたのかをじっくりと書かなくてはなりませんでした。

それから、自分のphilosophical reasoning (哲学的思考) の立場:inductive (帰納法) vs. deductive (演繹法) も説明しなくてはなりませんでした。

研究内容は定量分析だったのですが、「リアルワールドのデータから仮説検証するからinductive approachだ。」と書いたところ、「inductive approachは定性分析の場合です。あなたの研究は定量分析だからdeductive approachです。その流れで書き直すように。」と修正コメントをいただきました。この点については未だにスッキリしません。定量分析でも帰納的な研究があるのではないだろうか…。

社会学系の研究をまとめた経験がある人ならばオンラインMBAのDissertationも大丈夫だと思いますが、研究経験のない人がオンラインのみでDissertationを書くのはそれなりに大変だと思います。

大学には様々な学生サポートセンターがあり、アカデミックライティングや研究の進め方や研究倫理についてアドバイスをもらえます。

しかし、研究を立案・実施するのは自分一人(supervisorは基本的に見て、励まし、注意するだけ)です。身近に相談する人がいた方が良いと思います。

そういう意味において、MBAの同期は大切な仲間と言えるでしょう。

Dissertationを書きながら、「面白い結果が出たら学術誌に発表したいんだけど?」とsupervisorに相談していましたが、MBA修了後にsupervisorから「私の博士課程の指導教官にあなたのDissertationを見せて、直してもらってpublishしようと思うんだけど、どう?」と言ってもらえたときは嬉しかったですね。

MBA修了後も次の展開が待っていました。

オンライン大学院の学習プラットホーム

University of Manchesterの講義が始まって1カ月経ちましたが、学習プラットホームがかなり使いやすいです。

University of Derbyも同じBlackboardを使っていましたが、使いやすさが全然違います。

まず、Home画面がシンプルで分かりやすく、動作が速い。大学でこんなに差が出るのはなぜでしょうか?

オンライン大学院では、優れたEdTechプラットホームは肝心要なので、University of Derbyはもう少し頑張った方がいい。

講義資料もUniversity of Manchesterの方が数段優れています。

教科書の”ページをめくる感覚”をWeb上で再現していて、外部テキストや動画のリンクが程よいバランスで配置されています。

重要なポイントごとに(additional) Read, Reflection, Discussion, Taskといった課題が出てくるので、学習効果が最適化されている気がします。もちろん資料も2022年のコンテンツとしてUp to dateされています。(講義資料をそっくりそのままダウンロードできないのが難点です)

残念ながら、University of Derbyの資料はコンテンツのリンクが切れていたり、やや内容が古かったり、EdTechのレベルは満足いくものでありませんでした。(講義資料をすべてダウンロードできるのは良かったのですが)

学習プラットホームの良し悪しにも大学の”パワー”が反映されるのでしょうか・・・?

大学院の学習環境もいずれメタバース上で再現されるのかもしれません。

VR・ARいずれも、”いかにリアルか”が評価基準の一つになっていますが、見た目がリアルであることはそこまで重要ではない気がします。

学習体験がどれくらいリアルに近づけるかが鍵でしょう。

人間と人間のウェットなコミュニケーションをいかに再現できるか。種々の問題を孕んだウェットなコミュニケーションを、デジタルでいかに昇華できるか。

オンラインの学習プラットフォームは現在のテクノロジーにおいてはほぼ成熟しています。

情報の量や質は勝手に向上していくと思いますが、人間という生き物の間で行われるコミュニケーションの再現性を高める(高める必要があるかどうかは別として)という意味において、まだまだ開発の余地があるような気がしています。

BMJ

British Medical Journal、通称BMJは世界五大医学雑誌のひとつで、インパクトファクター93.333(2022年)もあるお化け雑誌です。

毎年12月にクリスマス特集と題して、普通は研究対象にならないような面白いテーマをまじめに分析してみた研究が発表されます。

去年のクリスマス特集に掲載されたのは、

ヘビメタバンドが多い地域ではアルコール関連の死亡率がちょっと低い。

Logicさんのヒップホップソング”1-800-273-8255″により、全米自殺防止ネットワークへの相談電話が増え、自殺者数が減った。

AIはクリスマス特集号の面白いタイトルを作れるか?→作れる。美味しい無料コーヒーが救急科待ち時間に与える影響:観察試験

などでした。

今年のクリスマス特集も楽しみです。

MBAについて・破3

Transforming Personal Skillsという科目ではアサイメントがプレゼンテーションでした。

10分間、自分について英語でプレゼンします。

この科目では、Critical thinking・Learning style・Leaderships styleなどについて講義で学び、いくつかのフレームワークを使って自己分析を行い、プレゼンでは自分が実社会でどのように振る舞うかを説明します。

私は一般的な就職活動を経験していないので、ビジネスにおける自己分析という課題は新鮮でした。

“病院スタッフのチームワークが悪く医療の質が下がっている”という状況をどのように改善させるかという<実例>を挙げながら、Critical thinkingをコアに、変化の目まぐるしいビジネス環境を分析し、自分と組織を変化にうまく適応させていく、というような流れでプレゼンしました。

Leadership styleが組織のパフォーマンスや従業員に与える影響は大きい。変化する外部・内部環境に組織として適応できるかが組織の目的達成のカギとなる。

と言われており、私はChange leadershipを発揮したいのだと話しました。

という内容を、何度も練習して録音・録画してアサイメントを提出しました。これをリアルで出せたらかっこいいなあと妄想しながら。

聴衆を前にすらすらと英語でプレゼンできればすごいのですが、そこまでの英語力は、ないです。

実地に留学してMBAを学んでいる方は口頭ディスカッションの場も多いと思います。リアルで外国語でディスカッションできる方を心から尊敬します。

“人生100年時代”なんて言われています。英語をしゃべれないと生活できないなんてことにはならないとは思いますが、想定内外いろいろな可能性を想定して学びを続けていきたいと思います。

みなさんには師と呼べる人はいますか?

学校や職場で師と呼べる人物に出会い、一生涯付き合いを続け、その人から学びを得る。

一般的には自分より年上だと思いますが、同年代であっても年下であっても、自分の師となり得ます。

そして、師から積極的に学びを得ようとする姿勢が自分を成長させるのだと思います。

goo辞書によると、“学問・技芸を教授する人。師匠。先生。”と定義されていますが、私は師という言葉にはもっと感情的なものが含まれていると思います。単に技術に優れた人ではなく、心の指導者、のような。

私の場合、残念ながら、学校や職場で師と呼べる人物には未だお会いできていません。

私が師と呼べるのは武術のH先生だけです。

“三年勤め学ばんよりは、三年師を選ぶべし”という中国の諺がありますが、良師の下で学ぶことは独学よりも圧倒的に効果が高いことが古くから言われてきたわけです。

では、良師を見つけるためにはどうすれば良いのか?

いろいろな先生と会う機会を、できるだけたくさんつくることではないでしょうか。

私は武道・武術を学び始めてから、機会を見つけて多くの道場を見学し、先生方とお話してきました。短期間入門し、稽古をご一緒させていただきながら先生方をよく観察することもありました。

H先生は、技術に優れていることはもちろん、懐が深く、自分の心も学びを得ることができるに違いないと思えた初めてのお方でした。

今、仕事をご一緒する良師との出会いを期待しています。

そのために、積極的に機会を見つけあるいは場を設け、いろいろな方とお会いしたいと考えています。