同じ病気なのに、なぜ治療薬の効き方がこれほど違うのか。
クローン病(Crohn’s disease)を専門にされている消化器内科の先生方が、長年頭を悩ませてきた問いのひとつが、これです。糖尿病の領域でも「患者さんによって治療薬に対する反応がまるで違う」という場面はよく経験しますが、クローン病の場合はその「ばらつき」がとりわけ大きいと聞きます。
今月BMC Gastroenterologyに掲載された、Huang Jieqingらによるシステマティックレビューを紹介します。
テーマはシンプルかつ鋭い。クローン病の「病変部位(どこが炎症を起こしているか)」によって、腸内細菌叢(腸に住む微生物の群れ)と代謝産物(細菌や腸が作り出す化学物質)のパターンが異なるのではないか、というものです。
クローン病は口から肛門まで消化管のどこにでも炎症が起きる病気ですが、臨床的には大きく「小腸型(特に回腸)」「大腸型」「小腸・大腸の両方に及ぶ型」などに分類されます。この分類は治療方針を決めるうえで重要なファクターになっています。
これまでの研究では、腸内細菌のバランスが乱れること(=ディスバイオシス)がクローン病と関係することは知られていました。しかし「部位によって何がどう違うのか」を横断的にまとめた研究はありませんでした。
著者らは、腸内細菌と代謝産物の変化をクローン病患者で観察した研究(48報・クローン病患者さん3,577例)を対象に、部位ごとの特徴的なシグネチャー(微生物・代謝物のパターン)を整理しています。
- 小腸型クローン病の菌叢
Escherichia coli/AIEC・Fusobacteriumが増加し、Faecalibacterium prausnitziiが著明に減少する。胆汁酸代謝では「回腸での再吸収障害」が主体で、過剰な胆汁酸が大腸に流入し菌叢をさらに攪乱する構造になっている。
- 大腸型クローン病の菌叢
Lachnospiraceae・Ruminococcaceae という腸管保護的な菌群が失われ、日和見病原菌が占有する。
- 小大腸型クローン病の菌叢
小腸型 と大腸型の中間的なプロファイルを示す。
- 全病型に共通する所見
F. prausnitziiの減少が唯一の共通知見だった。短鎖脂肪酸を産生し腸管バリアを保護するこの菌は、部位を問わずクローン病で減少する。
- 臨床への示唆
腸内細菌叢を病型別に評価することが、プロバイオティクスや便移植(FMT)の精度を上げる鍵になる可能性がある。炎症部位によってターゲットにする菌を変える発想が今後は求められるかもしれない。
そもそもなぜ腸の「部位」によって菌の種類が変わりうるのでしょうか?
小腸と大腸では、酸素の濃度も、pH(酸性・アルカリ性の度合い)も、消化液の種類も、栄養素の流れ方も違います。住んでいる菌の「生態系」がまるで違います。
小腸の回腸(腸の後半部分)では胆汁酸(脂肪の消化を助ける消化液)の吸収が行われ、大腸では短鎖脂肪酸(腸の粘膜を守る化学物質)が盛んに産生されます。炎症がどこに起きるかによって、その生態系が崩れる形も当然異なります。
このレビューが示すのは、部位特異的な微生物・代謝物の変化が存在するという方向性です。たとえば回腸(小腸末端)病変では胆汁酸代謝に関わる菌や代謝産物の変化が目立ち、大腸病変では短鎖脂肪酸産生菌の減少や炎症性代謝産物との関連が示唆されています。
現在のクローン病治療は、生物学的製剤(体の免疫を制御する注射薬)を中心に発展してきましたが、「どの薬がどの患者に効くか」の予測はまだ不完全です。病変部位ごとの腸内環境の違いが、治療反応性の差を生んでいる可能性があるとすれば、将来的には「回腸型のあなたにはこの菌を増やす介入を」「大腸型のあなたにはこの代謝経路を標的に」といった個別化アプローチが見えてくるかもしれません。
この研究はクローン病をテーマにしたものですが、「病気の診断名だけで均一な治療を行う時代は終わりつつある」という示唆を感じます。
糖尿病でも同じことが言えるでしょう。2型糖尿病という病名で括られてはいますが、病態・腸内細菌叢・マイオカインなどの生理活性物質などさまざまなファクターに違いがあり、病気のサブタイプは無数にあります。
診断を個別化し解像度を上げることによって、「なぜこの患者さんにはAが効きBが効かなかったのか」という疑問に答えることができます。
腸内細菌の研究は、かつては「全身の健康に良い」という漠然とした話に終始しがちでした。しかし今は、部位・疾患フェーズ・代謝経路という多層的な文脈の中で語られるようになってきました。
腸内細菌叢についてはまだ分からないことが多いですが、個人の遺伝・生活(生育)環境・免疫などの総体を表していると考えられます。ホリスティックな腸の研究がさらに進むことを期待しています。
(論文コチラから読めます)