1万年前、人類は狩猟採集から農耕へと生活様式を劇的に変えました。教科書ではこれを「農業革命」と呼び、文明の幸福な始まりとして描いています。
しかし、本当にそうでしょうか。
考古学者たちが発見した骨格の分析は、興味深い事実を物語っています。狩猟採集民の骨は農耕民よりも頑丈で、栄養状態も良好だったのです。身長も高く、虫歯や骨の病気も少なかったと言われています。
農耕の開始とともに、人類の健康状態は明らかに悪化した可能性があり、議論は続いています。
小麦や米といった穀物への依存は、栄養の偏りをもたらしました。同じ場所に定住することで、感染症が蔓延しやすくなりました。人口密度の増加は、病原菌にとって格好の繁殖環境を提供したのです。
それでも人類が農耕を選んだのはなぜでしょうか。
答えはシンプルです。農耕は個人の幸福ではなく、種としての繁栄を可能にしたからです。狩猟採集では養えない人口を、農耕は支えることができました。質よりも量を選んだ、と言えるかもしれません。
農耕によって生まれた余剰は、文字や芸術、哲学を生み出しました。私が今こうして自由に文章を書けるのも、農業革命のおかげです。しかし同時に、格差社会の始まりでもありました。
狩猟採集社会では、蓄積できる富に限界がありました。みんなが似たような生活水準を保っていたのです。農耕社会では、土地の所有者と労働者という階級が生まれました。社会のピラミッド構造は、農耕の開始とともに構築されました。
現代の私たちが抱える問題の多くが、この1万年前の、人類の選択に起因しているように思えます。
働き過ぎ、ストレス、肥満、うつ病。これらは狩猟採集民にはほとんど見られない現象です。私たちの遺伝子は、まだ狩猟採集の時代に適応したままなのです。
山歩きをすると、何だか解放感を覚えます。裸足で道場に立つと、安心感を覚えます。デスクワークで凝り固まった体が、本来の動きを思い出すような感覚です。生き物としての人間本来の生活とは一体何なのだろうか、と考えてしまいます。
もちろん、狩猟採集の時代に戻ることはできません。現在の人口を支えることは不可能です。
でも、私たちが「進歩」と呼んでいるものが、必ずしも幸福を意味しないということは、心に留めておく価値があります。
農業革命は、人類にとって最初の大きな「取引」でした。個人の健康と自由を、種の繁栄と文明の発展に交換したのです。
この取引が正しかったかどうか、分かりません。ただ、私たちがその結果として今ここにいることは確かです。
現代でも同じような取引が続いています。便利さと引き換えに失うもの、効率と引き換えに手放すもの。
1万年前の選択を振り返ることで、今日の選択についても違った視点が得られるかもしれません。進歩とは何か、幸福とは何か。
答えは簡単に見つかりませんが、「あなたの価値」を大切にしなければ、幸福は得られないかもしれません。
参考文献:
1. Lieberman, D.E. (2013) The Story of the Human Body: Evolution, Health, and Disease. New York: Pantheon Books.
2. Diamond, J. (1987) ‘The worst mistake in the history of the human race’, Discover Magazine, CULTURE AND ACRICULTUR, pp. 95–98.