診察で高齢の方の筋力測定をしていると、数値の低下に驚かされることがあります。握力30キロあった方が、いつのまにか20キロを下回っている。本人は「そんなはずはない」とおっしゃいますが…数字は嘘をつきません。
筋力というのは、使わなければ確実に落ちていきます。しかも、その低下は静かに、気づかれないうちに進行します。筋力は人間の身体の力の源です。筋力がなければ身体は動きません。
同じことが、どうやら民主主義という制度にも起きているようです。民主主義を支える「筋力」が静かに失われている。
最新の研究データによると、世界のリベラル民主主義の水準が1985年レベルまで後退したそうです。45カ国が権威主義化の継続的なプロセスにあり、民主化に向かっている国はわずか19カ国。数字だけ見れば、民主主義は明らかに劣勢です。
この現象をどう受け止めるべきでしょうか。
私の世代にとって、民主主義というのは教科書で習った「正しい制度」でした。選挙があって、議会があって、三権分立があって。まるで完成された社会の設計図のように教わりました。
ところが、実際に大人になって見えてきたのは、民主主義の「維持コスト」の高さです。
選挙に行く。候補者の政策を吟味する。政治のニュースに関心を持つ。異なる意見の人と対話する。これらは全て、相当なエネルギーを要する行為です。遅くまで働き、子どもの教育や親の介護など家庭のことでも忙しい現役世代は、政治について深く考える余裕がない人も多いでしょう。
民主主義は「参加型スポーツ」に近く、継続的な練習と体力(筋力)が必要です。
そして現代は、この「民主主義の体力」を消耗させる要因が山ほどあります。
情報の洪水。SNSでの感情的な議論。複雑化する社会問題。グローバル化による地域の空洞化。経済格差の拡大。どれ一つとっても、冷静な判断力を保つのを困難にする要素です。
筋力低下と同じで、民主主義の劣化も「いつの間にか」起こります。ある日突然独裁者が現れるわけではありません。選挙制度は残ったまま、メディアの多様性が失われ、司法の独立性が侵食され、市民の政治参加意欲が削がれていく。
筋力低下を防ぐ方法はシンプルです。使い続けることです。軽い運動でも、継続すれば筋力は維持できます(逆に言えば、使わなければ確実に衰える)。
民主主義も同じなのかもしれません。
完璧な制度を目指すより、不完全でも使い続けること。選挙に行き、議論に参加し、異なる意見に耳を傾け続けること。地味で面倒ですが、これ以外に筋力を維持する方法はないようです。選挙の度に投票率が50%程度では話になりません。
1985年レベルまで後退したという数字は確かに衝撃的です。しかし、加齢による筋力低下と違って、民主主義には回復の可能性があります。人々が再び「使い始める」なら、民主主義はレジリエントです。
4人の子どもたちが大人になる頃、この制度がどんな状態になっているか。それは結局、今を生きる私たちの選択にかかっています。
Varieties of Democracy (V-Dem) Project et al. (2025) ‘State of the world 2024: 25 years of autocratization – democracy trumped?’, Democratization (Taylor & Francis). Available at: https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/13510347.2025.2487825
