「ナショナリズムと魔術」…わくわくせざるを得ない論文タイトルです。
Siniša Malešević先生は、アイルランドのUniversity College Dublin社会学部の教授で、戦争と暴力の社会学、ナショナリズム、イデオロギー、社会理論が専門の高名な研究者です。「Why Humans Fight: The Social Dynamics of Close-Range Violence(なぜ人間は闘うのか:近接戦闘における社会的ダイナミクス)」という、これまた興味深いタイトルの本の著者でもあります。
この論文では、まず、ベネディクト・アンダーソンが指摘した「偶然を運命に変えるナショナリズムの魔法」という概念を引用し、ナショナリズムは人々に歴史的必然性や精神的使命感を与える装置であると位置づけています。
デンマークの国旗「ダネブロー」が天から降ってきたという伝承、フィンランド叙事詩「カレワラ」に登場する魔法の道具「サンポ」、日本神話の天照大御神と神武天皇、韓国の建国神話における檀君など、各国のナショナリズムに見られる神話的・魔術的物語が紹介されています。
一方で、ナショナリズムは近代合理主義が生み出した概念でもあります。近代における標準化された教育制度、印刷技術、メディアの普及がナショナリズムの広がりを支えていると論じています。マックス・ヴェーバーが述べた「鉄の檻」―すなわち、合理化が人間生活を無味乾燥なものにするという警鐘も引用されています。
この合理化(科学・制度)と魔術(感情・超自然)という矛盾した2つの共存こそが、現代ナショナリズムの本質であるとMalešević先生は述べています。合理的な制度がなければナショナリズムは広がらないが、人々がナショナリズムに情熱を抱くのは、その背後にある「魔術的要素」によるというのです。Malešević先生はこの魔術を「theurgy(神聖魔術)」と呼び、国家が単なる制度ではなく「超越的存在」として体験されるメカニズムがあるというのです。
さらに、この魔術は個々人の感情にも深く影響を与えます。例えば、国旗を見たときの誇り、国家的勝利(オリンピック、革命など)に対する喜び、国歌を聴いたときの感動、伝統料理を味わうときの一体感など、五感を通じたナショナル・アイデンティティの形成があると思いますが、これらはすべて、国家という抽象的な概念が「身近なもの」として感じられるための魔術的プロセスだというのです。
ナショナリズムはただのイデオロギーではなく、「合理性と魔術性の融合」だと結論付けています。近代国家は合理的な手段(教育、統治、通信)によって成立するが、そこに意味と熱狂を与えるのは魔術的想像力であると。
つまり、合理的に”見える”近代世界においても、人間の感情や意味への欲求は魔術的物語を必要とし、ナショナリズムはそれに応える形で成立していると。
この論文、すごいですね。
現在の米国トランプ政権を誕生させた熱狂的なナショナリズムは、国民が求めた魔術的物語と融合している、と言っているように聞こえます。
トランプ政権の成立過程では幾多の陰謀論が囁かれてきました。これが恐らく魔術的物語だったわけです(陰謀論ではなく実在する陰謀も含まれていますが…)。
これからのAI時代を考える上でもすごく示唆に富む内容で、仮にAIが社会を統治することになっても人間は魔術的物語を求め、そこに熱狂するんだと思います。
「AI2027」という論文が話題になりましたが、今回のような社会学的議論が欠落しています。テクノロジーと合理性だけでは人間社会の変化を予測することは不可能なのです。
(論文はコチラから)
