武術・武道では呼吸が大切と教えられます。
数年前に一世を風靡した某ジャンプ漫画では少年少女たちが「~の呼吸」という技を使って鬼たちを倒していきましたが、呼吸法を会得することでそのような必殺技が使えるようになるわけではありません。
呼吸を整え自律神経系のバランスを調整し自分の血圧・心拍数・心理状態を安定させる。相手の呼吸を読み、呼吸が乱れて不安定になった瞬間を狙って攻撃する。これが武術・武道で呼吸が重要とされる理由だと私は考えていました。自分は安定して相手は不安定になる。
外部環境がどのように変化しても自分の内部環境を安定させる方法が呼吸です。
危険から逃れる確率を上げるためには呼吸のコントロールが不可欠なのです。
呼吸と身体操作の関係について興味深い論文を見つけたので紹介したいと思います。
スウェーデンのカロリンスカ研究所で行われた研究で、169名の被験者と先行研究に参加した34名の被験者を5つのグループに分けて呼吸と瞳孔の大きさとの関係を調べました。
瞳孔の大きさは、光の量、焦点距離、感情などの要因によって変化することが知られています。過去の研究では、吸気時に瞳孔が拡大し、呼気時に縮小すると考えられていましたが、これを実験的に検証しました。
研究チームは、3つの実験を実施しました。最初の2つの実験では、参加者が安静時に鼻呼吸と口呼吸を行いながら、瞳孔サイズと呼吸パターンを5分間測定しました。3つ目の実験では、視覚課題を行いながら同様の測定を行い、呼吸と瞳孔サイズの関係が何か作業をやっていても変わらないかを調べました。
その結果、吸気の開始時に瞳孔サイズが最も小さく、呼気中に最大となることが確認されました。このパターンは、鼻呼吸と口呼吸の両方、安静時と視覚課題中の両方で同じでした。筆者らはこの現象を「呼吸性瞳孔相効果(Respiratory-Pupillary Phase Effect: RPPE)」と名付けました。
PPPEは脳幹の働きによってコントロールされている可能性が高く、視覚や注意の調節における呼吸の役割を理解する上で重要です。例えば、息を吸うと瞳孔が小さくなり、細かい部分が見やすくなる一方で、息を吐くと瞳孔が大きくなって暗いものを見つけやすくなる可能性がある、ということです。
武術的に考えると、”息を吸っている状態では瞳孔が小さく視野が狭くなり、複数の攻撃や変則的な攻撃に対応できなくなる。息を吐いている状態では瞳孔が大きく視野が広くなり、相手の動きをとらえやすくなる”ということではないでしょうか。
体の動きは呼吸と連動させ、力を入れるときは息を吐け、とよく言われました。
力を入れる=攻撃と考えていましたが、今回の研究の知見からすると防御時にも息を吐いていた方が良さそうです。
武術・武道における呼吸の神髄は、相手に気づかれないように息を吸う間を作り、息を吐きながら攻防を行うことにありそうです。
