論文の撤回は研究者にとって不名誉極まりないことですが、残念なことに後を絶ちません。
The Retraction Watch Leaderboardによると、撤回論文数トップ5に日本人研究者が3人も入っていました!
撤回論文数が多い研究者トップ5:
ヨアヒム・ボルト(Joachim Boldt):ドイツの麻酔科医で、撤回論文数は220本。
藤井善隆(Yoshitaka Fujii):元東邦大学麻酔科准教授で、撤回論文数は172本。
上嶋浩順(Hironobu Ueshima):元昭和大学講師で、撤回論文数は124本。
佐藤能啓(Yoshihiro Sato):元弘前大学教授で、撤回論文数は122本。
アリ・ナザリ(Ali Nazari):オーストラリアの材料工学の研究者で、撤回論文数は104本。
100本を超える論文を撤回するとはすごいですね。どのような理由で撤回となったか分からないですが、ひどいものです。撤回作業にも莫大な時間とお金がかかっていそうです。
一般的に大学や研究機関は、「研究の生産性」を評価しています。すなわち、より多くの論文を発表し、より多くの引用を得ることを求めています。論文数や引用数が多いほど研究の影響力があると見なされ、大学の名声や世界ランキングが上昇し多くの優れた学生・研究者が集まり、補助金や寄付金がたくさんもらえる可能性があるからです。
一方、「生産性」ばかりに目を向けると研究の質が低下します。研究そのものに科学的妥当性がないのは論外ですが、論文内の不適切な引用、盗用、さらにはデータの捏造や改ざんが行われるリスクがあるのです。
日本の大学アカデミアたちは事務作業や学生の教育に追われ自分の研究時間を確保できない状況を昔から訴えています(大学等教員の研究時間 ~FTE調査の個票を用いた時間制約認識への影響に関する要因分析~)。
研究時間の不足が論文撤回につながるとは断言できませんが、拙速に成果を求められついつい…という研究者がいるかもしれません。
実際、撤回論文数は増えています。2022年に発表された論文のうち約0.2%が撤回されており、この割合は10年前の3倍だそうです。
今回紹介するNatureの記事は、過去10年間の世界各国の研究機関における論文撤回率を初めて詳細に調査し分析したものです。
その結果、中国の済寧第一人民病院が最も高い撤回率を記録していることが分かりました。2014年から2024年にかけて、この病院で発表された論文のうち5%以上(100本以上)が撤回されています。これは、中国全体の10倍、世界平均の50倍にもなります。
中国の病院は撤回論文の「ホットスポット」となっています。
サウジアラビア、インド、パキスタン、エチオピアの大学や研究機関も、撤回数の多い場所として浮上しています。撤回理由の大半は研究不正によるものと考えられています。一方、アメリカやイギリスの撤回率は約0.04%と世界平均(0.1%)を下回っています。だからアメリカとイギリスの論文なら信頼して良いというわけではありませんが。
中国とインドはもちろん、最近はエチオピアやパキスタンの研究者が書いた論文の査読依頼がたくさん来ます。引き続き気を引き締めて査読しなければならないですね。
不正や欠陥のある研究を見抜くためのツールが開発されているとのこと。代表的なものに、ネバダ州のScitility社が開発した「Argos」、ロンドンのResearch Signals社の「Signals」、Digital Science社の「Dimensions Author Check」などがあるそうです。
Nature誌の調査によると、過去10年間で発表された5,000万本以上の論文のうち、約4万本(0.1%未満)が撤回されたそうです。撤回論文数は発表論文の増加率を上回るペースで増加していてアカデミアの大きな問題となっています。
幸い私はRetractionを経験したことはありません(Erratumが1回あります)。
研究分野にもよるとは思いますが、素直に考えてデータの捏造・改ざんや研究の盗用なんて、とてもできません。
そもそも、研究とは自分が興味を持ってやまない仮説の検証なので、データを改ざんしたらそのすべて、つまり自分の研究の意義(研究者の存在意義)をぶち壊してしまいます。
それでも研究の不正に手を染めるのは、行き過ぎた成果主義によるプレッシャーや虚栄心・自己顕示欲が原因なのでしょう。悲しいですね。
経済状況が良くなく不確実性の高い今の時代に、研究で食べていくことはますます難しくなっています。でも、研究は未来をつくることができるので社会にとって大切なものです。財政状況が悪いからと増税ばかりするわが国には難しいかもしれませんが、誠実な研究者をたくさん育てて国の未来を明るくしてもらいたいですね。
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