高齢者において、薬の飲みすぎ(ポリファーマシー)や薬の副作用による健康被害は大きな問題で、世界で最も高齢者の多いわが国において、きちんと対処しなければいけない問題であることは言うまでもありません。
薬の量を減らす原則は、不要な処方を漫然と継続しないこと、症状を抑える薬(鎮痛剤や風邪薬など)をむやみに処方しないことですが、臨床家がその原則をしっかり守っているとは言えない状況です。
患者さんが欲しがったら出してしまう。
特に開業医は”客商売”でもありますから、患者満足度を維持・向上させるためには(科学的に正しくなくても)ある程度患者さんの希望に応えなくてはなりません。塩梅が難しいところです。
最近、そのような対症薬(解熱鎮痛剤や睡眠導入剤)が自転車の運転技術に良くない影響を与えそうだという論文が出たので紹介いたします。
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背景:高齢者に対して、有害な副作用を持つ薬剤がますます処方されるようになっています。以前の研究では、特定の薬物の使用と自動車事故のリスクが高く関連していることが分かっています。
目的:認知機能が正常な高齢者の集団において、標準化された路上運転試験によって評価されるパフォーマンスの低下と特定の薬物クラスが関連しているかどうかを調べ、路上試験のスコアと合併症の状態や人口統計的特徴との関連性を評価し、特定の薬物クラス(抗うつ薬、ベンゾジアゼピン系、鎮静剤または睡眠薬、抗コリン薬、抗ヒスタミン薬、非ステロイド性抗炎症薬またはアセトアミノフェン)が時間の経過とともに運転パフォーマンスの低下のリスク増加と関連しているかどうかの検証しました。
研究デザイン・セッティング・被験者:この研究は運転免許を持つ認知機能正常な65歳以上の高齢者198人を対象にした前向きコホート研究です。ミズーリ州セントルイスおよび隣接するイリノイ州に住むKnight Alzheimer’s Disease Research Centerに登録された参加者のデータが使用されました。2012年8月28日から2023年3月14日までデータが集められ、2023年4月1日から4月25日までに解析を行いました。ベースライン時およびその後の来院時の臨床的認知症尺度のスコアが0(認知機能障害がない)の参加者を対象に、臨床検査、神経心理学的検査、路上運転試験、および使用している薬物データについて分析しました。
主要アウトカム:主要アウトカムはワシントン大学路上試験における運転パフォーマンス(合格または限定的合格/不合格)としました。多変量Cox比例ハザードモデルを使用して、運転を妨げる可能性のある薬物の使用と路上試験のパフォーマンスとの関連性を評価しました。
結果:198人の被験者(平均72.6±4.6歳、女性87人[43.9%])のうち、70人(35%)が平均追跡期間5.70±2.45年の間、路上試験で限定的合格/不合格の評価を受けました。抗うつ薬(調整ハザード比[aHR]、2.68;95%信頼区間[CI]、1.69-4.71)、セロトニンおよびノルエピネフリン再取り込み阻害薬(aHR、2.68;95% CI、1.54-4.64)、鎮静剤または睡眠薬(aHR、2.70;95% CI、1.40-5.19)、非ステロイド性抗炎症薬(aHR、2.72;95% CI、1.31-5.63)の使用はそれぞれ、コントロール群と比較して路上試験で限定的/不合格の評価を受けるリスクの増加と関連していました。一方、脂質降下薬を服用している被験者は、コントロール群と比較して限定的合格/不合格の評価を受けるリスクが低くなっていました。抗コリン薬または抗ヒスタミン薬と運転パフォーマンスの低下に関連性はありませんでした。
結論:この研究では、特定の薬物クラスが時間の経過とともに路上運転試験のパフォーマンスの低下リスクの増加と関連していました。臨床医は、これらの薬物の処方を行う際に、患者に適切なカウンセリングを行うべきです。
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日常生活で運転する高齢者に鎮痛剤や精神に作用する薬を処方するときに、運転技術に悪い影響を与えるかもしれないから注意が必要だよというメッセージのある研究です。
ときどき90歳を超えていらっしゃる患者さんで6種類以上の薬(鎮痛剤や睡眠薬を含む)を飲んでいる方がいらっしゃいますが、それは幸せな医療と言えるでしょうか?
ご本人が希望されれば処方を続けることもあるかもしれませんが、われわれ医療者は薬による負担を減らしてあげられるように声をかけるべきだとおもうのです。
