今年の5月からPLOS ONEのAcademic Editorとして4本の論文の査読・編集を担当しています。
他の学術誌と一緒で、適当なreviewerを探して査読をお願いするプロセスに一番骨が折れますが、楽しみながらやっています。
完全ボランティアで一銭にもなりませんが、こんな私でもアカデミアに貢献できることがあれば素直に嬉しく思うわけです。
Editorたちの交流も結構あって、PLOS ONE Discourseというプラットフォームでディスカッションが行われています。
先日はeditorial officeから
- Quantitative RT-PCR analysed using the comparative CT method (2-ΔΔCT)
- Cytotoxicity measured by MTT assay
の専門家探しているんだけど、誰かいない?とメールが来てましたが、一日もたたないうちに3人のAcademic Editorたちが「協力するよ!」と気持ちの良い返事を送っていました。
完全ボランティアで彼らの業績にはなりませんが、彼らは良心と知的好奇心に従って協力しているわけです。
彼らのポジションを見るとAssistant ProfessorとかLecturerとか若手の研究者が多いようで、大御所のProfessorなんかはPLOS ONEのEditorなんてやらないのでしょう。
私は若手というには年を取っていますが、こういう”熱い”コミュニティ嫌いじゃないです。いや、好きです。
昨今、利益相反の開示は当たり前になりましたが、製薬会社と医者の「癒着」みたいな問題はたくさんあります。
例えば、米国のCDCやFDAの幹部は製薬会社の役員に天下りますし、日本においては厚生労働省や国立病院機構の偉い人々が製薬会社に天下ります。
医療業界と製薬会社が「癒着」していると思われても仕方がない事態であり、この既得権益はとてつもなく巨大で、私たち一介の医療従事者がどうこうできるものではありません。
しかし、あまりに「癒着」が過ぎると、製薬会社が利益を上げるために”不適切な”医薬品の使用がまかり通ることとなり、結果的には人々の健康を害する可能性が出てきます。
お金や権力の魅力に負けず、NOと言える良心が彼らにはあるでしょうか?
やはり、そういう意味でもボランティアで行う学術論文の査読・編集作業は尊いのです。
このプロセスにお金が入ると科学的な正しさが失われてしまうでしょう。
一方、オープンアクセス誌のAPC (Article Processing Charges):論文を編集して出版するまでにかかる費用は高騰していて、例えばNature Communicationsではなんと$6490=約90万円!となっています。
出版業界も商売として成り立たなくてはいけないのでお金をとるのは当然と言えば当然ですが、論文一本90万円はいくらなんでも高すぎではないでしょうか。
PLOS ONEは一般的な論文のPublication feeは$856=約12万円で、比較的安い方です(それでも高いけど)。
PLOS ONEのEditorコミュニティや論文投稿掲載料を見る限り、彼らがオープンサイエンスの発展にまじめに取り組んでいるのは間違いないと感じています。
できる限りPLOS ONEの取り組みに協力したいと思うわけです。
