ヒトが進化して獲得した直立二足歩行は、骨盤の位置を上下させ(片足の膝関節が伸びきった時に高くなり、足を前に踏み出して両足が接地した時に低くなる)、四足歩行よりエネルギー効率を高く(位置エネルギーを運動エネルギーに変換する)しました。
一方、武術では腰の上下や体軸の左右のブレを嫌います。
一般的には、重心の変化によって自分が不安定になることを避け、四方八方に素早く移動するため、上下左右のブレをなくし体の安定を保つことが目的だと考えられます。
私も道場生にそのように指導しますが、本当にそうかな?と思うことがしばしばあります。
“歩く”ということは、ヒトの生活の基本動作ですが、武術の奥義と言っても過言ではありません。
実は、良いとされる歩法は武術の種類・流派によって異なります。
私はあまり歩き方を指導することはなく、立ち方・足運び・各技を何度も何度も繰り返すことによって、自然と最適な歩き方になるはずだ、という考えを持っています。
さらに言うならば、私は万人にとって正しい歩き方があるのではなく、一人一人最適な歩き方が異なると考えています。
正しい走り方、正しい投げ方、正しい泳ぎ方…etc。
スポーツにおいても”正しさ”を指導することが多いと思いますが、考えてみれば人間はひとりひとり筋肉の質・量、骨の長さ・太さ、関節の位置・柔軟性が微妙に時に大きく異なっているわけで、万人にとって”正しい”身体操作なんてあるはずがないのです。
遺伝子レベルでの医療の個別化と同じように、スポーツと武術・武道における指導も個別化が必要と思います。
道場生の動きを見て「それは間違っている。」と言うことはありません。
もちろん、筋肉と骨格のバランスを崩し体を痛めるような歩き方は直すべきですが、何年もの間続けている歩き方はある意味その人において最適化されていると思われます。
歩き方はその人の経験や性格、その時々の感情など含め、”人となり”を表すとも言えます。
「人生の歩み」という言葉が示す通り、歩くということはその人の人生そのものであり、武術・武道においてはその神髄であると思います。
